BREAKING POINT-1 フレディ・ハバードジャズ・メッセンジャーズから独立し,自分のグループで活動を始めたのが『BREAKING POINT』(以下『ブレイキング・ポイント』)からである。
 これまでは何だかんだと称賛されても,所詮雇われ稼業。自分の音楽を追及したかったフレディ・ハバードとしては遅咲きのスタートとなった。

 フレディ・ハバードソロとして活動するに当たり,意識したのは作曲であろう。初期のアルバムではさっぱりだったオリジナル曲が,次第にぽつぽつと入って来るようになり,フレディ・ハバードの体内で起きている変化を感じていたわけだが『ブレイキング・ポイント』を聴いて,完全に“作曲家”フレディ・ハバード推しなのが分かる。

 そう。フレディ・ハバードジャズトランペッターとしては超一流の人。コンポーザーとしてもなかなかの一流の人であろう。
 しかし,どうにもフレディ・ハバードには悪い意味での「軽さ」がつきまとう。紛れもない天才でありジャズ・ジャイアントの一人であるのに,いつでも選外。TOP10ではなくTOP20に位置する男。

 『ブレイキング・ポイント』を聴いていつも感じるのはフレディ・ハバードのマイナス面である。フレディ・ハバードは決定的にリーダー・シップが欠けている。
 『ブレイキング・ポイント』を録音していて「上手くいかない感。しっくりいかない感」をフレディ・ハバードは感じたのではなかろうか?
 ジャズ・メッセンジャーズと同レベルのメンバーと楽曲が揃っているのに,思い通りにまとまらない…。

 ここが超一流止まりのフレディ・ハバードと「マイスター」のアート・ブレイキー,あるいはマイルス・デイビスとの「差」なのであろう。
 バンドを締め付けないアート・ブレイキーとバンドを締め上げるマイルス・デイビス。それぞれタイプは真逆であるが強力なリーダーシップでバンドを引っ張り上げる“稀有な”存在感で共通する。
 嘘か誠か,これは真実なのだが,自分が演奏を休んでいる時間にもアート・ブレイキーマイルス・デイビスの音が聴こえるというものだ。

 『ブレイキング・ポイント』におけるフレディ・ハバードはどうだろう? 残念ながら,やっぱり存在が「軽い」。よく表現される実験盤にも達していない「中途半端なカッコ良さ」で終わっている。あと一歩突き抜けそうで突き抜けきれない。
 『ブレイキング・ポイント』を聴いて,これをフレディ・ハバードのアルバムだと認識できる人は少ないことだろう。フレディ・ハバードに欠けているのは,リーダー・シップの1点だけだが,これがジャズメンの資質としては想像以上に大きいのだ。

 だから管理人はメインを張るではなく,サイドメンに回った時のフレディ・ハバードの演奏が好きだ。フレディ・ハバードに関してはリーダー作ではなくゲスト参加のアルバムばかりを聴いてしまう。
 つまりはフレディ・ハバードの天賦の才とは「演奏する人」なのだ。演奏に特化された時のフレディ・ハバードトランペットは間違いなく最強であろう。

BREAKING POINT-2 極論を書けば『ブレイキング・ポイント』の真実とは,フレディ・ハバードが世間で受けそうだと思ったものを寄せ集めてきた「当時の流行最先端」なアルバムである。
 そこにフレディ・ハバードなりの明確なビジョンやコンセプトがあれば大ヒットとなったであろう。しかし『ブレイキング・ポイント』のベースにあるのは,まだまだジャズ・メッセンジャーズのメンバー,フレディ・ハバードとしてのジャズなのだ。

 管理人の結論。『ブレイキング・ポイント批評

 『ブレイキング・ポイント』には良くも悪くも“モーダルなフレディ・ハバード”がそこにいる。
 アート・ブレイキーとは違う“モーダル”を目指したのだろうが,表面上は新しいが根っ子の部分は伝統のジャズに支配されていて振り切れていない。

 一気に音楽性を変える難しさ。そして継続的に新鮮味を打ち出す難しさ。フレディ・ハバードも脱退して初めてアート・ブレイキーの「偉大さ」に気付いたに違いない。

  01. BREAKING POINT
  02. FAR AWAY
  03. BLUE FRENZY
  04. D MINOR MINT
  05. MIRRORS

(ブルーノート/BLUE NOTE 1964年発売/TOCJ-4172)
(ライナーノーツ/レナード・フェザー,原田和典,田原悠)

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