SPIRITUAL NATURE-1 今では一般の日常語となった「スピリチュアル」という言葉はいつ頃から世間に定着したのだろう。恐らくは美輪明宏のあのTV番組のせいなのだろう。この世は「スピリチュアル」の花盛り。猫も杓子も「スピリチュアル」の文字を見る。

 しかし,巷に「スピリチュアル」がどんなに溢れようとも,管理人的には「スピリチュアル」と来れば『SPIRITUAL NATURE』(以下『スピリチュアル・ネイチャー』)一択! もはや30年以上前から「スピリチュアル」は来ていたのだ!

 そうして『スピリチュアル・ネイチャー』と来れば,次は富樫雅彦と来るのだろうが,管理人の場合は違う。
 確かに『スピリチュアル・ネイチャー』は富樫雅彦のリーダー・アルバムではあるが,このアルバムを「日本のジャズの金字塔」と紹介されることがあるように『スピリチュアル・ネイチャー』は,すでに富樫雅彦の手を離れて,70年代のフリージャズを総括したような1枚に位置にある。

 ズバリ『スピリチュアル・ネイチャー』の真髄とは,組曲にして,真にあらゆる束縛から解放されたジャズ。だからクリエイティブで自由なジャズ。つまりはフリージャズの範疇を超えている。

 専門的な書き方をするとフリージャズと『スピリチュアル・ネイチャー』のようなクリエイティブで自由なジャズとは別物である。
 フリージャズという言葉の響きからか,フリージャズとは「何でもあり」のように思えて,実はそうではない。インプロヴィゼーションとは違うのである。

 そう。『スピリチュアル・ネイチャー』は,フリージャズを出発点としたインプロヴィゼーションの組曲である。
 もう少しフリーに寄ってもインプロに寄っても,これほどまでに“崇高なジャズ”とはならなかったことであろう。難解さなど微塵も感じられない。組曲となる5曲の主旋律は全部,池田芳夫ベースが弾いているのだから…。

 管理人は思う。『スピリチュアル・ネイチャー』が成功したのはフリージャズを出発点としたしたからだと思う。
 富士登山にしても須走ルートとか御殿場ルートとかの登山口がある。勿論,登山口から出発しなくても頂上を目指すことは可能だが実際にはどうなのだろう。途中で下山することばかりであろう。
 それと同じで『スピリチュアル・ネイチャー』のような音楽は,ハード・バップやモード,新主流派から出発しても決して登頂できやしない。これまでジャズはそうやって多くの獣道を作ってきたわけであるが,そのどれもが8合目か9合目まで止まりだった。

 キース・ジャレットにしてもパット・メセニーにしても,そして富樫雅彦にしても,人生の中で一度は本気でフリージャズと格闘したからこそ,その上を経験することができた。9合目の「その先」を見ることができたのだ。

 『スピリチュアル・ネイチャー』のライナーノーツの中に富樫雅彦が見た「その先」についての記述がある。
 「フリー=自由は,演奏する側よりも聴く側にある。そしてその時点で,奏者と聴衆が一体となって創造し,また想像しうるとき,両者の断絶は取り除かれるはず。このことは,すべての音楽の形式を問わず<コミュニケートする>ための一番大切な条件ではないか」。

 うーむ。「聴く側に委ねられる自由」。様々な情報や経験で自分に合うテンプレートに照らして聴くことしか出来ないから,フリージャズを難しく感じてしまうものなのだろう。

SPIRITUAL NATURE-2 富樫雅彦が『スピリチュアル・ネイチャー』で提示したものとは「沈黙」ではなかっただろうか?
 『スピリチュアル・ネイチャー』を聴いていると,自然と想像している自分,黙想している自分に気付くことがある。と同時にライブ盤なのに,無観客のホールで演奏しているような雰囲気とのGAPを意識することがある。

 この異様な無歓声のライブ録音。最初は管理人も編集によるものだと考えていたが,ここ数年あまりは,これって本当に観客全員が静かに座って聴いていた結果なのかも,と思うようになった。
 富樫雅彦の狙い通りの「沈黙」である。「腕組み瞑目して音楽に没頭する」。当時のジャズ・ファンなら有り得なくもない?

 さて,冒頭の「スピリチュアル」ブームに戻る。「スピリチュアルスピリチュアル」って大騒ぎして,結局は自由で自然な精神世界を自分自身で縛っているのでは?

 その意味で「スピリチュアル」ブームはニセモノである。真にあらゆる束縛からの解放は『スピリチュアル・ネイチャー』のインプロヴィゼーションの組曲の中で既に提示されていた。“崇高なジャズ”こそが真に「スピリチュアル」なのである。

  01. THE BEGINNING
  02. MOVING
  03. ON THE FOOTPATH
  04. SPIRITUAL NATURE
  05. EPILOGUE

(イースト・ウィンド/EAST WIND 1975年発売/EJD-3050)
(ライナーノーツ/清水俊彦)

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