CUMBIA & JAZZ FUSION-1 フュージョンという音楽は,一般的に「ジャズとロックとの融合」を意味しているが,チャールス・ミンガスの『CUMBIA & JAZZ FUSION』(以下『クンビア&ジャズ・フュージョン』)は「ジャズクンビアとの融合」。すなわち,ジャズとアフロ・アフリカンやトロピカルでネイティヴな音楽との融合を意味する。
 そう。『クンビア&ジャズ・フュージョン』によって,真の「ジャングル・サウンド」が登場したのである。

 個人的には『クンビア&ジャズ・フュージョン』を聴いていると,どうしてもウェザー・リポートの『ブラック・マーケット』を連想してしまう。
 あのチャールス・ミンガスジョー・ザビヌルに影響されている。

 とは言え,そこはチャールス・ミンガス。ただでは終わらない。『クンビア&ジャズ・フュージョン』は『ブラック・マーケット』へのアンサー・アルバムであり,メインストリームをフュージョンに奪われたジャズ・コンボ側からのフュージョン・グループへの回答なのである。

 『クンビア&ジャズ・フュージョン』には,演奏時間27分と22分の2曲の大曲が収録されているのだが,2曲目の【MUSIC FOR“TODO MODO”】はイタリア映画「トド・モード」のテーマ曲ゆえ,本来のテーマ「クンビア」とは無関係である。

 ただし,管理人的には,この2曲が揃っての『クンビア&ジャズ・フュージョン』の“破壊力”なのである。チャールス・ミンガスの音楽実験がトロピカルに向いたのが【CUMBIA & JAZZ FUSION】であって,ロマンティックに向いたのが【MUSIC FOR“TODO MODO”】であって,どちらも同じく「ジャングル・サウンド」していると思う。

 【CUMBIA & JAZZ FUSION】も【MUSIC FOR“TODO MODO”】も共に“長尺になるべくしてなった”長編エンターテイーナー。曲の途中途中で,その前の仕掛けが利いた見事な展開で,全てに無駄がない。
 果たして,チャールス・ミンガスは,ここまで細かな楽譜を準備していたのだろうか? 曲想の変化に合わせて積み重ねられたアドリブが,リスナーを「未曾有のジャングル・サウンド」へと誘っていく。

 そうしてチャールス・ミンガスが最後に辿り着いたのは,音楽のユートピア,音の桃源郷である。まるで“心の故郷”にでも帰って来たかのような,懐かしい感動がある。
 この辺りの快感の種類がウェザー・リポートの『ブラック・マーケット』と同じ系統なのである。

 ジョー・ザビヌルのようにエレクトリック・ジャズへとは向かわずに,それでもなお,新しいジャズの形を追い求めている“孤高の”チャールス・ミンガスが最後に行き着いた音世界は,最高にHAPPYな楽園サウンドであった。

CUMBIA & JAZZ FUSION-2 チャールス・ミンガスの人生は闘争そのものであった。ウッド・ベース一本で黒人差別の世の中と闘ってきた。そんなチャールス・ミンガスが死の目前に作り上げた『クンビア&ジャズ・フュージョン』では,音楽から怒りの感情が消えている。

 『クンビア&ジャズ・フュージョン』からは,怒りではなくチャールス・ミンガスの“静かなる笑い”が聴こえてくる。怒りでも悲しみでもなく,その先にある“達観した笑い”である。
 そう。チャールス・ミンガスの「ジャングル・サウンド」が,ついに目標であったデューク・エリントンを捉えている。

 先に『クンビア&ジャズ・フュージョン』は,ジョー・ザビヌルに対するチャールス・ミンガスからの回答と書いた。この言葉に二言はない。
 しかし『クンビア&ジャズ・フュージョン』の真実とは,チャールス・ミンガスが,どうしても思いを届けられずにいた,敬愛するデューク・エリントンの「ジャングル・サウンド」への回答でもあったと思う。

 チャールス・ミンガスの晩年は幸福であった。管理人はそう思うことにしている。チャールス・ミンガスよ,永遠なれ!

  01. CUMBIA & JAZZ FUSION
  02. MUSIC FOR "TODO MODO"

(アトランティック・ジャズ/ATLANTIC JAZZ 1978年発売/WPCR-27254)
(ライナーノーツ/大村幸則)

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