THE BLACK SAINT AND THE SINNER LADY-1 一般的なジャズ・ファンにとって,チャールス・ミンガスのファンにとって『THE BLACK SAINT AND THE SINNER LADY』(以下『黒い聖者と罪ある女』)は,ジャズであり,芸術でもある。

 ただし管理人にとって『黒い聖者と罪ある女』は,ジャズではない。芸術でもない。そうではなくアングラ的な怪しさ満点の“ムード音楽”なのである。

 もはやこれって偏見だということなど分かっている。でも先入観なしにフラットな気持ちで『黒い聖者と罪ある女』と対峙することができない。それくらい強烈な「ピンク音楽」として響いてくる。要するに「官能音楽」っぽくて嫌いなのだ。

 『黒い聖者と罪ある女』は,チャールス・ミンガスがオーケストラ編成で表現する4部からなる「バレエ組曲」。
 【トラックA〜ソロ・ダンサー】〜【トラックB〜デュエット・ソロ・ダンサーズ】〜【トラックC〜グループ・ダンサーズ】〜【モードD〜トリオ&グループ・ダンサーズ】〜【モードE〜シングル・ソロズ&グループ・ダンス】〜【モードF〜グループ&ソロ・ダンス】の展開は,なるほど,と思わせる変幻自在な音のイメージ集。

 『黒い聖者と罪ある女』を通して聴くと,特に難解というわけではないのだが,かなり精気が奪われてしまいヘトヘトになってしまう。結構な頭デッカチな音楽なクセに官能を刺激してくるのだ。アレンジに相当ヒダを持たせたボリューミーな展開に,全体像を掴みきる前に「寄り道」させられてしまう感じの「バレエ組曲」。

 そう。『黒い聖者と罪ある女』は,映画で例えるなら単館上映の文学作品のようなアルバムであって,ハリウッド映画のようなはっきりした起承転結のない,なんとなく始まって,決して盛り上がらないわけではないが,なんとなく終わるという感じのアルバムで「この部分が盛り上がり所!」という起伏の明瞭さに欠けている。

 尤も,相当に練られている。地雷がたくさん仕掛けられているのだが,その爆発が起こった瞬間,別の場面の幕が開く感じで,何が起こったかを理解しようとする時間はない。そこにこだわっていると遅れてしまう。複雑なテキスチャーがアングラ的な怪しさ満点の“ムード音楽”なのである。

 『黒い聖者と罪ある女』のめくるめく展開が絶妙。音楽ルツボなカオスの世界に一気に連れ去られてしまう。ハッピーなメロディー・ラインに影を落とすベース・ラインが,どこまで掘り下げてもスタートに戻るような「複雑系ジャズの醍醐味」で溢れている。

 それでいてアドリブが,アドリブではなく「書き譜」のように響いている。曲全体が不安定という安定のもとに進んでいく。コンボ全体がチャールス・ミンガスの書いた抽象画の下書きに,チャールス・ミンガスの意図を汲み取った色付けを施していく。何と分厚い重ね塗りの抽象画なのだろう。

THE BLACK SAINT AND THE SINNER LADY-2 それにしてもチャールス・ミンガスは『黒い聖者と罪ある女』のイメージをどのようにメンバーに伝えたのだろう? 楽譜があっても言葉があってもここまで明確なイメージを全員が共有するのは困難な作業であろうに…。

 管理人はチャールス・ミンガスがメンバーに伝えた“キーワード”は「ピンク音楽」あるいはそれに類する「エロティシズム」のように思う。エロスの一言ですぐに意識の共有が図れてしまうのが男である。

 『黒い聖者と罪ある女』の真実とは,デューク・エリントンにエロスを加えて作られた「バレエ組曲」。どこか人間の本能に呼びかけるような生々しさがある。

  01. TRACK A - SOLO DANCER
  02. TRACK B - DUET SOLO DANCERS
  03. TRACK C - GROUP DANCERS
  04. MODE D - TRIO AND GROUP DANCERS
     MODE E - SINGLE SOLOS AND GROUP DANCE
     MODE F - GROUP AND SOLO DANCE


(インパルス/IMPULSE! 1963年発売/MVCJ-19082)
(ライナーノーツ/小川隆夫)

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