CRYSTAL SILENCE-1 ジャズフュージョンの既成概念を覆した『ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス』〜『リターン・トゥ・フォーエヴァー』に続く,チック・コリア“衝撃”の3連発の締めは『CRYSTAL SILENCE』(以下『クリスタル・サイレンス』)。

 この3連発の中でも,ピアノ・トリオの革新作『ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス』とフュージョンの革新作『リターン・トゥ・フォーエヴァー』と異なり“新規開拓”の『クリスタル・サイレンス』が,以後のジャズフュージョン・シーンへ及ぼした影響は計り知れない。

 互いの音が被らないように注意しつつ,フロントとバッキングを交互に務めるデュエットというフォーマットは難度が高い。互いが互いを引き立て合いながらも,臨機応変なアドリブを繰り出さなければならない。2人の音楽性とテクニックが露わになるデュエットというフォーマットは敷居が高い。
 しかし『クリスタル・サイレンス』には,そのような難しさを微塵も感じない。いとも簡単に演奏しているように聞こえてしまう。

 チック・コリアピアノゲイリー・バートンヴィヴラフォンによるデュエットという,同じ打楽器にして鉄弦と鉄琴の異なる響きを活かした「2人だけの感覚」の調和を第一に音造りがなされている。ここが“COOL”であり“HOT”なデュエットの“伝統芸能”たる所以であろう。

 『クリスタル・サイレンス』は,自然界に存在した天然物の音楽ではない。マンフレート・アイヒャーがスタジオで発見した,最高の組み合わせの「人工物」であり「化合物」である。
 「人工物」であり「化合物」である『クリスタル・サイレンス』とは,時に水晶のように輝く音楽であり,時に雪の結晶のようにきらめく音楽である。ひたすら透明で純度の高い“芸術音楽”なのである。

 マンフレート・アイヒャー以外の一体誰がチック・コリアゲイリー・バートンによる「独特の化学反応」を予想できたであろうか? 恐らく,当の本人,チック・コリアゲイリー・バートンでさえ予想だに出来なかった組み合わせなのであろう。

 『クリスタル・サイレンス』は,チック・コリアゲイリー・バートンの組み合わせだから成立する「ケミストリー中のケミストリー」。
 他の追随を許さない「青い炎」の美しさへと変化している。ECMの特徴である豊かな残響音に,遠く北欧の地まで連れ去られた思いが去来する。

 管理人にとって『クリスタル・サイレンス』を聴くという行為は,音楽から離れ,新鮮な空気を深呼吸しているようなものである。『クリスタル・サイレンス』が流れてくると,体感温度さえ下がったように感じてしまう。ハイ・テンションとリラックスのウォームアップとクールダウン。実にすがすがしい音楽なのである。

CRYSTAL SILENCE-2 ただし『クリスタル・サイレンス』について忘れてはならないのは,マンフレート・アイヒャーは“芸術音楽”という趣味だけではなく“商業音楽”としても両立する「化学実験」を行なったという事実。

 『リターン・トゥ・フォーエヴァー』の大ヒットゆえの【CRYSTAL SILENCE】【WHAT GAME SHALL WE PLAY TODAY】【CHILDREN’S SONG】の選曲であろう。だってだってこの選曲なら絶対に聴きたくなるんだもん!?

 “商業音楽”としてのチック・コリアゲイリー・バートンの組み合わせが産み落とす副作用。それは重度の中毒性である。これってメントールのような爽やかさ? もはやうだるような暑さには『クリスタル・サイレンス』なしでは生活できない管理人がいる。

 そうして『クリスタル・サイレンス』の続編である『デュエット』『イン・コンサート』『ネイティヴ・センス』『ニュー・クリスタル・サイレンス』『ホット・ハウス』を片っ端から手に取るようになる…。
 『ライク・マインズ』と『ランデヴー・イン・ニューヨーク』も待ち構えている…。
 マンフレート・アイヒャーは確信犯である…。

  01. SENOR MOUSE
  02. ARISE, HER EYES
  03. I'M YOUR PAL
  04. DESERT AIR
  05. CRYSTAL SILENCE
  06. FALLING GRACE
  07. FEELINGS AND THINGS
  08. CHILDREN'S SONG
  09. WHAT GAME SHALL WE PLAY TODAY

(ポリドール/POLYDOR 1973年発売/POCJ-2011)
(ライナーノーツ/久保田高司)

人気ブログランキング − 音楽(ジャズ)