行ってきました! 4/30「Bunkamuraオーチャードホール」での「キース・ジャレット SOLO 2014」!

 管理人が愛してやまないキース・ジャレットソロコンサートに参戦するのは実に6年振りのことである。
 この6年間にキース・ジャレットソロは2回(2011年と2012年)開かれていたが,その時は触手が動かなかった。東京在住時はキース・ジャレットコンサートが開かれるとなれば必ず出かけていたかつての自分がウソのようである。
 しかし,2014年の管理人は違っていた。あの当時の自分が甦ってきた感覚。なんなら紀尾井ホールでの追加公演も含めて4回全部出かけようかと思ったくらい。

 理由は昨年のトリオ公演の不参加にある。和仁さんからの大阪のお誘いを断って東京のチケットをキープ。しかし…。
 その時は仕方ないとあきらめた。でも日が経つにつれ,なんて愚かなことをしたのだろう。もうあのキース・ジャレットトリオは見れないのだ。後から後から後悔の念が…。

 ゆえに4/30は決めていた。5/3は香港行きの予定だった(結局,香港は月末。代わりに最重要案件=平戸の実家へ3人で帰省)。5/6は微妙。5/9は金曜の夜NG。
 う〜む。気になる。全公演が気になる。だって4/30のソロコンサートが素晴らしすぎたのだから…。

 この調子なら来週以降,なんて愚かなことをしたのだろうPART2,が始まることでしょう。でもどうしても無理なんだったもん。そう。自分に言い聞かせている最中のLIVEレポートなので評価の定まりようがありません。
 …ということで全国のキース・ジャレット・ファンの皆さん,お手柔らかにお願いしますね?

 今回のプレミア・チケットは9列目。つまり実質4列目の中央やや右の超良席。管理人史上最接近の至近距離ゆえ,目と耳でキース・ジャレットの全てを“より”感じることができた。
 6年振りに見るキース・ジャレットは“軟体動物度”が薄くなった。その分,唸り声が大きくなった。これは単純にキース・ジャレットの加齢のせいかもしれないが,理由は多分そうではなく,それだけキース・ジャレットが演奏に集中できていた証しであろう。

 管理人のキース・ジャレット熱が再燃したと同じように,キース・ジャレットの創造性もかつてのレベルに戻ってきた。キース・ジャレットが調子を取り戻してきた。そのように感じられたのが最高にうれしいソロコンサート
 事実,アンコールが4回。こんなことって過去にあったのかなぁ。しかもアンコールの4曲が4曲とも“白眉”なことって過去にあったのかなぁ。あんなに満足げな表情を浮かべたキース・ジャレットを見たのは何年振りだろうなぁ。

 肝心の本編も絶好調! 特筆すべきはバラードの割合が通常よりも高かったこと。カントリーやブルース調,現代音楽やクラシック調,フリー・ジャズも完璧だったが,これほどまでにバラードが連続したのは記憶にない。同じような曲調のCDも思い浮かばない。ついに歴史的なソロコンサートに立ち会えたのかも?

 そう。“ロマンティック”キース・ジャレットの世界が帰ってきた! コンサートの副題である「ひとりだからできること」が確かにあった!
 これでトリオラストコンサートを見逃した呪縛から解き放たれる気がします。代わりに「キース・ジャレット SOLO 2014」を4分の1しか見られなかった後悔に悩まされる気がしていますけど…。← クドイ。メソメソするな。セラビーは男の子でしょう!

 さて,ジャズメンで“ライブ”ではなく“コンサート”という言葉を使うのは,恐らくキース・ジャレットだけであろう。そう。聴衆にもそれなりの礼儀・マナーが求められるのが“コンサート”。その点で,今回のコンサートも失敗であった。
 6年前にも感じたことだが,あの時以上に気になったのが拍手の早さである。曲が終わるか終わらないかの微妙なタイミング。ピアノの余韻が消え去る前に拍手が鳴る。それが自然と心から出たものならしょうがない。しかし管理人には機械的な拍手に聞こえた。いや,もっと言えば「我先に拍手せん」と先を争って拍手していたように思えてならなかった。

 気持ちは分かる。ライブ・レコーディングされているのだから,自分の拍手が録音されるし,自分の拍手に先導されて会場全体が拍手で包まれる。でも,あの消え入る余韻が聴き所ではないのか! こんなにもバラード・ナイトなのに台無しではなかろうか!
 あぁ。あの早鳴りの拍手が,キース・ジャレットの意図に反して曲を“強制終了”させてしまっていなければよいのだが…。

 総額5万円,管理人とキース・ジャレットを結んだ,東京への夢の旅。あんなコンサートが聴けるものなら,東京だろうと大阪だろうと安いもの。例え30万円かかろうともロンドンでもニューヨークでも出かけちゃう?
 キース・ジャレットと“あの”特別な時間を共有できた事実,ただそれだけで十分。心から満足している。