THE ART OF THE TRIO VOLUME TWO:LIVE AT THE VILLAGE VANGUARD-1 さて,ブラッド・メルドーである。“天才”ジャズ・ピアニストである。現代ジャズの文脈で聴き取る限り“超・天才”である。

 なんたってブラッド・メルドーの愛称は「20世紀最後の新人ピアニスト」。雨後の筍の如く登場する新人ジャズ・ピアニストの中にあって,ブラッド・メルドーこそが,長らく空位となっていたミシェル・ペトルチアーニの後継者なのである。

 ただし,ブラッド・メルドーの“超・天才”は認めつつも,ブラッド・メルドーが演奏するジャズ・ピアノは,管理人の好きなジャズ・ピアノではない。
 絵画でも印象派は好きだけど抽象画は良く分からない。それと同じ様相でブラッド・メルドーの音楽を聴いてしまうのである。ジャズ・ピアノなんだけどクラシックの「ピアノ協奏曲」の雰囲気を感じてしまう。“高尚すぎて”たじろいでしまうのである。

 そんな“現代ジャズの抽象画”ブラッド・メルドーの原点が,ブラッド・メルドー属するエヴァンス派の“聖地”ヴィレッジ・ヴァンガードにおけるライブ盤=『THE ART OF THE TRIO VOLUME TWO:LIVE AT THE VILLAGE VANGUARD』(以下『アート・オブ・ザ・トリオ VOL.2:ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』)。

 『アート・オブ・ザ・トリオ VOL.2:ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード批評を先に進める前に,いつかは必ずや触れねばならない「ブラッド・メルドーエヴァンス派」の大論争。
 管理人は「ブラッド・メルドーエヴァンス派」支持者である。当の本人が“エヴァンス派”と呼ばれることに嫌悪感を示しているので,今回の記述を「最初で最後」にしようと思うが,音楽の構造やアプローチの手法はビル・エヴァンスとは異なれど,結局アウトプットされたジャズは「リリシズム」で「ロマンチシズム」な内省的なジャズである。
 そう。ブラッド・メルドーの発する美意識はビル・エヴァンスの発する美意識と近い。

 『アート・オブ・ザ・トリオ VOL.2:ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』は,そんな“エヴァンス派”としてのブラッド・メルドーをたっぷりと味わうことができる。
 要はジャズライブではなくジャズ・ピアノの即興・展覧会。“現代ジャズの抽象画”が燦然と輝くライブ

 恐らく当日の観客たちは「THE ART OF THE TRIO」の物凄さを瞬時に理解したようで理解できていないのではなかろうか? 『アート・オブ・ザ・トリオ VOL.2:ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』の演奏は,後から後から感動が湧き上がる種類のライブなのだと思う。
 この辺のニュアンスが,ブラッド・メルドーに対し“高尚すぎて”たじろいでしまう原因だと思っている。

 尤も,当のブラッド・メルドーは才能の輝きを全身全霊でピアノにぶつけている。インテリを振り捨て一瞬のアドリブに命を削っている。

THE ART OF THE TRIO VOLUME TWO:LIVE AT THE VILLAGE VANGUARD-2 全6トラックの全ての演奏が10分超えの長尺集。「ブラッド・メルドーはどこへ行くのか? どこまで行くのか?」。有名スタンダードのテーマをモチーフに出口を探して暴れまくる。先の読めない“左右独立メロディーの絡み合い”が炸裂し聴衆を沸かせている。

 自由なフレージングを産み落とす右手左手の爆発度と“非スインギーな”独特のタイム感覚が素晴らしい。普通なら流れを壊してしまうようなアドリブが,絶妙なタイミングで放たれる瞬間のハーモニー。
 “エヴァンス派”共通の音選びにして,あの瞬間に顔をのぞかせる“意外にしてまっとうな”音選びの素晴らしさにブラッド・メルドーの“超・天才”が表現されている。

 ブラッド・メルドーの内面に波立つ抽象的なコンセントレーションの深さ。これが『アート・オブ・ザ・トリオ VOL.2:ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』のハイライトである。

  01. It's Alright With Me
  02. Young And Foolish
  03. Monk's Dream
  04. The Way You Look Tonight
  05. Moon River
  06. Countdown

(ワーナー・ブラザーズ/WARNER BROTHERS 1998年発売/WPCR-1836)
(ライナーノーツ/ブラッド・メルドー,皸羶成)

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