ESPRIT-1 『おやつ』『おやつ◆ ̄鸞』を「消化」し“マルチ”ギター・プレイヤーへと「昇華」した渡辺香津美の頂点が『ESPRIT』(以下『エスプリ』)にある。

 『おやつ』『おやつ◆ ̄鸞』の制作を通じて,アコースティックギターの可能性と全面対峙した渡辺香津美。そんなの渡辺香津美が下した結論は「エレクトリックギターも実はアコースティックギター」。
 そう。渡辺香津美が『エスプリ』で目指すは「エレキを生ギター・ライクに!」。こんな芸当“マルチ”ギター・プレイヤー=渡辺香津美でなければできっこない。

 うん。確かに「エレクトリックギターも実はアコースティックギター」。渡辺香津美の主張がよ〜く分かる。
 ニュアンスとしては“弾く”というよりは“奏でる”。ギンギンの「クィ〜ン」の伸びではなく,伸びやかの伸び。エレキの音色の装飾を生かしつつも,基本,自由奔放なアドリブで「エレキを生ギター・ライクに!」“奏でて”いる。

 『エスプリ』は,エレクトリックアコースティックの単純な「和洋折衷」ではない。『エスプリ』の『エス』はエスニックETHNIC→「民族の」の意。『エスプリ』の『プリ』はPRIMITIVE→「原始の」の意。
 そう。『エスプリ』は,世界の共通民族にして原始から現代までを複雑に「和洋折衷」したギター・トリオ名演集。

 ズバリ,渡辺香津美は『エスプリ』で「ギター演奏の極意」を掴み取ったのではなかろうか? これはギター奏法の超絶テクニックだけではない。ギターは元来,ヨーロッパの“民族楽器”。ヨーロッパの長い歴史が人間という民族の歴史。渡辺香津美の“マルチ”なギターが歌っている。
 そう。“マルチ”ギター・プレイヤー=渡辺香津美が,ギターで人間という民族の「喜怒哀楽」を歌にしたためる。「ギター演奏の極意」を掴み取ってしまった。もはや渡辺香津美ギターの組み合わせは「鬼に金棒」状態に達している。

 全ては“ニュアンス”。渡辺香津美ミノ・シネルパーカッションドラミングを包み込み,スクーリー・スヴェリッソンベースの“旨み”をも引き出している。
 ミノ・シネルの一発のアタックで世界が“モノクロからカラーへと”変わる瞬間の衝撃ダイナマイト。スクーリー・スヴェリッソンのとても音域の広い6弦ベースがメロディアス。うなるベースは風のうなりのようである。
 ダイナマイトと風のうなりを受け止めた,渡辺香津美の“マルチ”なギターが,オブラート役となってギター・トリオを導いていく。 

ESPRIT-2 管理人の結論。『エスプリ批評

 『エスプリ』は,渡辺香津美の「エレクトリックにしてアコースティック・タッチな」ギタリストとしての頂点の記録。
 『エスプリ』は,ジャズフュージョン通,あるいはギター通に奨めることはできても,ジャズフュージョンの入門者,ましてや渡辺香津美の入門者にはアウトだと思う。「エレキを生ギター・ライクに!」のコンセプトは小難しい。
 『エスプリ』を楽しむためにはエレクトリックギターアコースティックギターの両方についての造詣を必要とする。そう。『エスプリ』はリスナーを選ぶ。リスナー側から発言すると「好みが分かれる」ことと思う。

 正直,管理人は好みではない。『エスプリ』をあるレベルまで聴き込むと「アコースティックにしてエレクトリック・タッチな」逆『エスプリ』を聴いてみたいと思うようになる。『エスプリ』=思わせぶりな欲求不満作。

 最後にCDタイトル『エスプリ』の管理人の新解釈。『ESPRIT』とはETHNICPRIMITIVEの造語ではなく『E−SPRIT』=『いいスピリット』の意だと思っている。これ,当たってない?

  01. Havana
  02. Tinkle
  03. La Lune
  04. Desperado
  05. Tears
  06. Cascade
  07. Puzzle Ring
  08. Astral Flakes〜Axis
  09. Morocco
  10. Kara Kara
  11. Lately

(ポリドール/DOMO 1996年発売/POCJ-1346)
(ライナーノーツ/渡辺香津美)

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