HIGH PRESSURE-1 MALTAが『HIGH PRESSURE』(以下『ハイ・プレッシャー』)で渡辺貞夫になった。
 どうですか! この豪華メンバー! キーボードドン・グルーシンギターダン・ハフオスカー・カストロ・ネヴィスベースネイサン・イーストドラムヴィニー・カリウタパーカッションポリーニョ・ダ・コスタの「鉄壁セクステット」。そこへブラスストリングスまで加わっている。

 これぞ渡辺貞夫級のVIP待遇。MALTAもついに“世界のジャズメン”の仲間入り〜。
 この論理の誤りに気づくまではそう思っていた。MALTAがヒップ・ポップに手を染め,一度手に入れた売れ線路線にしがみつく姿を目にするまではそう思っていた。MALTA渡辺貞夫とは別人であった。
 そう。MALTAは“世界のフュージョンサックス・プレイヤー”であって“世界のジャズサックス・プレイヤー”ではない。
 『ハイ・プレッシャー』でのVIP待遇を受け,自らの意志で「ジャズ道を踏み外した」感ありあり。

 『ハイ・プレッシャー』は“激売れ”MALTAの第1作。後のメインMC=MALTAの「ヤングスタジオ101」「MALTAでNIGHT」へとつながる軽快フュージョンサックスの王道。正直,あの時代のMALTAの勢いはカシオペアスクェアの両雄をも上回った瞬間があった。
 ただしキラー・チューンは【ハイ・プレッシャー】1トラックのみ。MALTAの勢いが「瞬間最大風速」で終わってしまった敗因は“盛りに盛った”フュージョンサックスへの“躊躇”にある。

 これまで一途に王道ジャズを追求してきたMALTAへ差し伸べられたスター街道。この道を歩めばフュージョン・スターの座は約束されるが,もうジャズへは戻れない(ジャズは出戻りに意外に厳しい世界なのです)。他のジャズメンからは見くびられ相手にされなくなる。フュージョンの“色”がついてしまう。本当に自分の好きなことをやって飯を食っていくのは難しいのです。

 MALTAは決断した。フュージョン・スターになる道を…。
 日本中のお茶の間へと流されるキャビン・レーシング・チームの松本恵二と星野一義のスリリングな走り。それを音で表現したMALTAの【ハイ・プレッシャー】。
 いかにもな時代である。F−1スクェア,それゆえキャビンとMALTAだったのだろう。

 MALTAの躍動感あるアルトサックスが素晴らしい。本当に上手い。ビクターナベサダ級のVIP待遇を用意するにふさわしい大実力者!
 でもでも迷いが残っている。これまで大切にしてきた誇りを失うことへの勇気と恐れ。どんなに都会的でスピード感あふれるクールなサックスを吹こうともスローなバラードではジャズメンとしての“地”が出ちゃっている。
 そう。MALTAは『ハイ・プレッシャー』で,世界の一流ジャズメンと共演していたのではない。自分の中のもう一人の自分=ジャズメン=MALTAと共演していたのだ。

HIGH PRESSURE-2 『ハイ・プレッシャー』はフュージョンの【ハイ・プレッシャー】1曲とジャズへの未練の照れ隠しとして異様に“盛った”フュージョン10曲の混合物。虚勢を張っては揺り動く“世界のフュージョンサックス・プレイヤー”としての名盤である。

 その後,MALTAは,次作『マイ・バラッド』でジャズへの思いを断ち切って『オブセッション』『マイ・ヒット・アンド・ラン』『サファイア』での頂点を迎えていく。大切な何かを失いながら…。

 MALTAのファンの間では,MALTAフュージョンサックスへの転向時期=前作『スパークリング』を挙げる人が多数である。確かに【スクランブル・アヴェニュー】は王道フュージョンそのものであろう。
 しかし『スパークリング』の基本はジャズサックス。共演者もあくまでジャズ畑の面々。MALTAが決して手放そうとしなかった仲間たちとの最後の青春セッション

 そう。全ては『ハイ・プレッシャー』での“欲しがり”MALTAが原点なのである。

  01. High Pressure
  02. Touch
  03. The Only Name Missing is…
  04. Exotic Bird
  05. Over Night Trip
  06. Secret Island
  07. My Summer Love
  08. Feel The Heat
  09. Splashing Angel
  10. Stranger in Paradise
  11. Quiet Stars

(ビクター/JVC 1987年発売/VDJ-1084)

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