Face to Face 2008年の歳末に悲報が届いた。フレディ・ハバードだった。「また一人,偉大なジャズ・ジャイアントが亡くなってしまった」とジャズ好きの友人へ話した時,彼の発した一言で更に悲しくなってしまった。「フレディ・ハバードって尻つぼみの人でしょう? 後藤雅洋の本で読んだことがある」とのこと。あちゃ〜。これが何度目かのデジャヴであった。

 管理人は巷で定説化してしまった「フレディ・ハバード尻つぼみ説」に真っ向から反論したい。フレディ・ハバードを掴まえて「尻つぼみ」と称するのは,単純に「ハード・バップが最高だ」と思い込んでいるジャズ・ファンたちである。彼らの批評の物差しとは音楽形式の優劣であって肝心の演奏ではない。エレクトリックよりアコースティックが偉く16ビートよりも4ビートが偉い。そう。雰囲気がフュージョンしているものはアドリブがいかに優れていてもダメなのだ。

 現代最高のトランペッターウイントン・マルサリスである。ウイントンを聴いた直後に下手なトランペッターは聴けやしない。そう管理人が主張するのは,何もウイントン・マルサリスが“新伝承派の象徴”だからではない。
 絶対に有り得ないことだが,仮にウイントン・マルサリスフュージョン・サウンドをバックにジャズ・トランペットを吹き上げたらどうなるのだろう? きっと一斉に“ウイントン・バッシング”が湧き上がることだろう。理由は単純であって,ウイントンが“伝統のジャズ”を捨てたから…。
 どう? これって変でしょう? 純粋な音楽好きには有り得ないでしょう? 肝心の演奏内容は無視して,フュージョンという“売れ線”に手を染めたらそれで全てがおしまいなんて…。
 しかしこれは仮定の話ではないのです。現実に起きている悲しいナンセンス。そう。これが「フレディ・ハバード尻つぼみ説」の真相なのである。

 フレディ・ハバードハード・バップ・スタイルの栄光を守り続ける保守派ではない。ジャズ・シーンの変遷に自らのスタイルを重ね求める新進気鋭のジャズメンである。そう言う意味ではフレディ・ハバードマイルス・デイビスと同類である。「フレディ・ハバード尻つぼみ説」の支持者には電化マイルスを拒否する人が多いのも納得である。マイルス電化してからが最高なことも知らないくせに…。新年早々ブツブツ…。
 そう。スタイル変われどマイルスマイルス。スタイル変われどフレディフレディであった。しかしマイルス・デイビスフレディ・ハバードの決定的な違いは,マイルスが流行を産み落とす側のジャズメンであったのに対して,フレディは作られた流行に乗る側のジャズメンだったこと。それゆえ幸か不幸か,マイルス・デイビスは2度とメインストリームに戻ってこなかったが,フレディ・ハバードウイントン・マルサリスが作り上げた“新伝承派ムーブメント”に乗せられて“ストレート・ア・ヘッドなジャズ畑”へと舞い戻ってきた。

 『FACE TO FACE』(以下『フェイス・トゥ・フェイス』)は,流行のフュージョン畑に腰を据えつつも,これまた流行のアコースティック・ジャズへの回帰を模索し始めた頃のCDである。
 この“どっちつかず”の状況が,素のフレディ・ハバードの魅力を惹き出している。このタイミングでなければ“異色の顔合わせ”と騒がれた,ジャズ・ピアニストオスカー・ピーターソンとの共演も実現しなかったかもしれない。
 聴き所は,互いに“超絶技巧”と謳われるフレディ・ハバードオスカー・ピーターソンのハイ・テクニックの応酬合戦! そこへギタージョー・パスベースニールス・ベデルセンの芸達者が強烈に絡みつくからもう大変! スイングしたバックに呼応するテクニカル系のトランペットが個性豊かに鳴り響く! もう最高のジャズ・トランペットである。

 実は管理人にとって,上記,ウイントン・マルサリスの直後に聴けるジャズ・トランペッターの最右翼がフレディ・ハバードだった。フレディ・ハバードラッパウイントン・マルサリスラッパに負けてはいない。いいや,勢いと高速フレージングではウイントン・マルサリスを超えている。ウソだと思われた読者の皆さんは,騙されたと思って『フェイス・トゥ・フェイス』を聴いてみてほしい。騙されていたのは「フレディ・ハバード尻つぼみ説」の方だったと目が覚めるに違いない。

 個人的にはフレディ・ハバードの死はかなり痛い。フレディ・ハバード亡き後,テクニカル・トランペット系はランディ・ブレッカーが支えていく。しかし管理人の中のウイントン・マルサリスの直後に聴きたいトランペッターの座席は空席のまま。しばらくはクリフォード・ブラウンでも聴こうかなぁ。

(1982年録音/VICJ-60866)
(☆紙ジャケット仕様 ライナーノーツ/小川隆夫)

ランキングを見てみよう!