VIDA-1 「野呂一生と言えばカシオペアカシオペアと言えば野呂一生」!
 管理人はずっとそう思ってきたが,つい最近聴き直した『VIDA』(以下『ヴィーダ』)が,その思いを一層強くしてくれた。

 野呂一生とは,カシオペアギタリスト兼リーダー兼コンポーザー兼アレンジャー兼パフォーマー! そう。野呂一生こそ,カシオペアの“頭脳”であり“心臓”である。そんな“カシオペア命”の野呂一生も(ここでは詳細な理由は述べないが)他のメンバー同様,ソロCDを制作した時期がある。
 野呂一生のファースト・ソロ『SWEET SPHERE』は,その昔カセット版を購入後,処分したのだったが,あれはカシオペアの「外典」である。そう。『SWEET SPHERE』は,向谷実桜井哲夫神保彰抜きのカシオペア → ボーカル&ブラス入り“西海岸のカシオペア”だった。
 それで,ソロ第2作『ヴィーダ』に関しても「ジャバン・ファミリーとの共演」との事前フレコミがあったため,勝手に“ブラジリアン・カシオペア”をイメージしていた。しかし…。

 あの日,初めて生『ヴィーダ』を聴いた時の衝撃は忘れられない。正直,面食らった! あのカシオペア・サウンドは何処何処? 面影がないとは言わないが,予想以上のサウンドの“激変ぶり”に打ちのめされた。管理人の嫌いな方向へと変化していた。速攻“お蔵入り”決定である。

 さて,つい最近“お蔵”の『ヴィーダ』を聴いてみた。実に10年以上ぶりだと思う。
 理由は前述の『SWEET SPHERE』をCDで買い直した。野呂一生批評として『SWEET SPHEREレビューの参考にするためだ。
 しかし聴いてビックリ! 「なんだ,普通じゃん。え〜っ」であった! あの時感じた“違和感”が消えていた! 急遽,野呂一生批評の1番手は『ヴィーダ』に差し替え決定である。

 ここに管理人の持論=「野呂一生と言えばカシオペアカシオペアと言えば野呂一生」論の根拠がある!
 『ヴィーダ』録音時の1989年のカシオペアと言えば,リズム隊のメンバー・チェンジ! ジンサク → ナルチョ日山時代への移行期と重なっている。そう。『ヴィーダ』は,野呂一生の“生き写し”であるカシオペア本体のサウンドが大きく変化した瞬間のソロ作である。
 仮に管理人の持論が正しいとすれば,カシオペアが変化すれば野呂一生のソロ作も当然変化する。ねっ,納得でしょ?
 ついでに時期繋がりでダメ押し?すれば,カシオペアの1987年,88年と言えば,2年連続のブラジル・ツアー! 『ヴィーダ』が“ブラジル”であるのもうなずける。ねっ,納得でしょ?

 カシオペア野呂一生であるからこそ,管理人の耳は『ヴィーダ』を受け入れることができた。今となっては『ヴィーダ』と末期カシオペアを比較するなら『ヴィーダ』の方が末期カシオペア以上に黄金期カシオペアに近い!

VIDA-2 2007年の管理人の耳には『ヴィーダ』での“激変”など無かったにも等しい。それ程,良くも悪くもナルチョベースで,黄金期カシオペアは“徹底的に”破壊されてしまったのだから…。
( 誤解のないように補足しておくと,ナルチョが悪いとは思わない。カシオペアベーシストとしては桜井哲夫の方が好きではあるがナルチョも良い。だから最後まで付き合えたと思っている )

PS ん〜。「野呂一生と言えばカシオペアカシオペアと言えば野呂一生」論をぶち上げたはいいが,やっぱり違うかな? カシオペアと言えば,正解は“バンド”であって,特定の誰かではない? 末期カシオペアの迷走のごとく,管理人も迷走中?

  01. NESSA
  02. TASOGARE-NO-ESTRELA
  03. EXPLORACAO
  04. KALAKULENAI
  05. YU-NAGI
  06. IMA-SUGUNI
  07. MORRO DO CORCOVADO
  08. KAZE-NO-TAYORI
  09. MISTERIO
  10. NEMURE TABIBITO

(ポリドール/AURA RECORDS 1989年発売/HOOP20320)
(ライナーノーツ/青木誠)

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