BALLADS-1 「シーツ・オブ・サウンド」と形容されるように,ジョン・コルトレーンの特徴は“激しくもメロディアスなブロー”にある。
 しかし少数派ではあるが,ジョン・コルトレーンの本質はバラードにある,と主張する人々もいる。かく言う管理人もその一人である。

 ジョン・コルトレーンこそがテナー・サックスの王者である。後に続くテナー・サックスの実力者が皆,ジョン・コルトレーンから影響を受けた,と公言している。
 しかし彼ら“コルトレーン派”が真似できたのは,ジョン・コルトレーンの“激しくもメロディアスなブロー”という一面であって,彼の内面を如術に表現したバラード作品には当てはまらない。

 そう。ジョン・コルトレーン特有の世界を“堪能”するには,ここに紹介する『BALLADS』(以下『バラード』)あるのみである。

 『バラード』には“棚ボタ”的な制作エピソードが残されている。
 この時期,たまたまジョン・コルトレーンのマウスピースの調子が悪かったらしい。ジョン・コルトレーンの求める“全速力”の演奏ができなかったらしいのだ。そこで選択肢はバラードの一択と相成った。

 レコード会社にとっても,ジョン・コルトレーンの行き過ぎたフリージャズ・スタイルが一般のジャズ・ファンに受け入れられず,売上げの鈍りを危惧していた。
 正に“渡りに船”。なにはともあれ,この偶然とも安易とも言える“世紀の大発想”のおかげで,私たちは“奇跡のバラード”を手にすることができたのである。

 発売当時のアメリカでは,ジョン・コルトレーンのイメージからして“軟弱なアルバム”と決めつけられていたらしい。しかしそれはファンの勝手な思い違いというもので『バラード』から聴こえてくるのは,むしろジョン・コルトレーンの“強さ”である。

BALLADS-2 世のジャズ・ファンに求められていることとも,レコード会社に求められていることとも違う,自分のポリシーに忠実な,静かで“リリカルすぎる”青白い演奏である。
 これを全うするには内面に大きな力が必要だ。そこでジョン・コルトレーンは曲の魅力をストレートに,素直に表現した。ゆえにかえって心に訴える。そんな種類の名演だと思う。

 最後に軽いエピソードを一つ。
 管理人の友達に大のオーディオ・マニアが一人いる。その彼もジョン・コルトレーンが大好きだ。彼は車の中でもジョン・コルトレーンを聴いている。しかし自分の望むコルトレーンの音が聴こえてこない。ついにカー・オーディオの大改造。総額100万円かかったそうだ。

 そんな彼がオーディオ・チェックとしてジョン・コルトレーンの無数のコレクションの中から『バラード』を選んだ。
 彼にとっては『バラード』から聴こえてくるテナーのトーンこそが,ジョン・コルトレーンの“音”そのものなのである。

 
01. SAY IT (Over and Over Again)
02. YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS
03. TOO YOUNG TO GO STEADY
04. ALL OR NOTHING AT ALL
05. I WISH I KNEW
06. WHAT'S KNEW
07. IT'S EASY TO REMEMBER
08. NANCY (With the Laughing Face)
09. UP 'GAINST THE WALL

 
JOHN COLTRANE : Tenor Saxophone
McCOY TYNER : Piano
JIMMY GARRISON : Bass
ELVIN JONES : Drums

(インパルス/IMPULSE! 1963年発売/MVCI-23006)
(ライナーノーツ/ジーン・リーズ,市川正二)

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